打【だ】 - 打撃技 -
投【とう】 - 投げ技 -
極【きょく】 - 絞め・関節技 -

毘沙門天とは、突き・蹴りなどの打撃。投げ技。絞め・関節技。などの『打・投・極』を備えた、あらゆる局面を想定し対応する【総合武術空手道】です!!

令和3年春より少年部発足します!!

この度、皆様からのご要望も多かった少年部(小学1年生~中学生)を発足致します。武道を通じて沢山の事を学んで欲しいと思います。武道理念や少年・少女が武道に取り組む意義を下記に記してます。ご覧ください!

北九州市の総合武術空手道

少年部・一般部について

毘沙門天では、

・少年部(小学1年生~中学生)
・一般部(高校生以上)

2つの部門に分けて、稽古を進行しています。

稽古時間  少年部19:00~20:30
      一般部19:00~21:00

いま何故、武道なのか?

近年、武道と言われる柔道や空手で指導者や先輩後輩間でのパワハラや暴力等の不祥事問題が多数、取り沙汰され武道の世界の暗部が見受けられます。武道というと教育的側面もあり人間形成の一助を成すという見方でしたが今は武道に取り組んでも人間形成に相応しくないとの見方が強くなっています。確かに一部の武道の世界では旧態依然とした封建的な部分・モノを自由に言いにくい雰囲気や悪しき権力構造もあり、指導者・先輩との上下関係、社会常識やモラル・ルールを軽視し、ある種独特の文化が根付いています。指導者や先輩が黒と言えば白いものも黒になる。狭い世界での価値感、閉ざされた世界での常識がまかり通る事に慣れて胡座をかいてしまい注意する者も疑問に手を挙げる者もいない。悪しき文化がはびこっているのも事実でしょう。我が毘沙門天は武道の世界に逆風の吹く中に敢えていま、そしてこれからは『武道』であると考えます。現代の日本人はどうでしょうか?現代日本は、学力や学歴に重きを置いても、それ以前のコミュニケーション能力や人間関係を形成する事に未熟な人間が増えてきてると思います。世界的に見ても学力も年々低下し、体力も低下し、気持ちの強さ精神力、コミュニケーション能力も低下し、もはや生き抜いていく能力、人間力が大いに低下しています。これらは子供に限った話しではありません。大人もです。最近の子供はと言いますが子供は社会の鏡です。大人・社会が与えた環境によって良くも悪くも変化します。心身共に力を漲らせ、人間力を向上させる答えが武道の中に有ると私は信じています。武道は激しい身体のぶつかり合いの中で駆け引きや感情の制御を習得出来ます。更に武道は他のスポーツのようにルール内での技・攻撃だけを考慮するだけではありません。不意に暴漢・危険に襲われたときどう対処すべきか?ルールの外も視野に入れます。日頃から如何なる状況にも対応出来るように心身を研いでいるのが武道家です。「想定外」の場面に遭遇しても冷静に対応する心と身体。これらは社会生活に多いに役立つと信じています。仕事や交渉事、人間関係においても必ず生かされます。武道は「身体を用いて考える文化です。」この身体による思索を伝えるには言葉も併用しなくてはいけません。言葉によって意思を伝えるよう、最大限の努力が必要です。そして生徒が試行錯誤するように促さなければいけません。そうする事により自分で考えどうすべきか?社会でも生き抜く、社会でどう振る舞うかといった、すべ(方法)を考えるようになります。これこそが武道とは知性と体力が融合された「身体を用いて考える」文化たる由縁です。

         毘沙門天代表師範より。

毘沙門天の武道理念

毘沙門天の武道理念を以下に挙げます。

・護身養生
・錬体修心
・文武両道
・生涯武道

護身養生

護身養生・・・護身とは一般的に言われる暴力等の危険から身を護る事は勿論、稽古を通じ健康な身体を作り、病気や怪我から身を護るといった側面もあります。身体を鍛える中で丹田を意識し、これは身体操作にも深い影響があり、丹田を意識した呼吸法を用いる事により身体に気血を漲らせ心身が充実し養生へと繋がります。肉体の衰え・老化を防止する『護身養生』を追求します。

錬体修心

錬体修心・・・錬体とは武道を通じ、身体を鍛え錬り上げ頑強な身体を作ります。身体を錬体する事により強い心が備わります。修心とは心を修めるという事です。武道における修心とは稽古とはいえ、殴り投げる極めるという非日常の中で、恐怖や焦り等の心の乱れを如何にコントロールするかという事です。武道は礼法を重んじます。殴り合いの中、始終に挨拶をする事にわだかまりや感情的なしこりも捨てまた日常に戻ります。道徳はお題目や机上の空論では理解されません。身体で触れ合う経験を通してこそ納得するというのが武道の一つの定義であり、これが武道における『修心』の形成だと考えます。

文武両道

文武両道・・・この言葉は皆様よくご存知だと思います。文学に親しみ励み、学力・知力を形成するのも素晴らしい事ですが、一方で身体強くし心身を鍛えるのも同様に大切です。学力・学歴はあっても社会に対する適応力(コミュニケーション能力)が足りない人が年々増えていると感じます。武道は緊張感と恐怖心が常につきまといます。その中で心を修め、冷静さを保ち感情をコントロールして打・投・極が織り交ざる攻防の中、局面ごとに素早く頭を切り替え対応しなくてはいけません。この攻防で優位に立てる『局面の転換』こそ社会生活においても役立つ、適応力に繋がって行くと考えます。文学に励んだ知力・知性と武道を通じて錬体された身体が融合された時に発揮されるもの『文武両道』を追求します。

生涯武道

現代武道の世界、主に柔道・空手などは少年期の学生時代を区切りにしたり、選手思考の人は、まだ若くて身体も動くのに現役を引退したら武道の世界から身を引いてしまうなど、若くして去って行く人も少なくありません。これは年配の方に強調したいのですが、武道は年齢を重ねてからが本格化していく部分も有り、もっと言えば60歳過ぎて始めても充分に強くなれますし、心身共に向上します。確かに最強を目指す、大会で優勝するなどの選手思考的なモノを追求していくのは厳しいかもしれません。しかし強さや試合の結果を求めるのが全てでありません。『強さ』とは色々な強さがあります。年齢を重ねてこそ気づきや発見があり造詣を深める事により、むしろ若い頃より強くなった、心身が向上したと感じる事も多々あります。武道とは生涯を通じて学び追求していくものであり、日々の生活に充実をもたらすものと信じています。我が毘沙門天も『生涯武道』を掲げていきます!

  • 少年期における武道の効果と影響
  • 礼儀正しさと大きな声を出す。
  • 心身を鍛え自信を持つ。
  • 自主性と自己主張を強くする。
  • 忍耐力と我慢強さ。
  • 厳しさや困難に立ち向かう強さ。
  • 人に優しく思いやりを持つ。
  • 頭で据えるでなく肚(ハラ)で据える。
  • イジメをしない・されない・させない。

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毘 沙 門 天の名の由来

皆さんも一度くらいは、毘沙門天という名を聞いた事があると思います。

学生時代には上杉謙信と武田信玄の合戦、『川中島』と称して運動会のトリを飾る騎馬戦で上杉側の旗に『毘』の文字が掲げられているのを目にした事があるのではないでしょうか?

毘沙門天は有名な七福神の一人で、福や財宝をもたらす福の神と軍神という二面性を併せ持つ神様で、縁起や源を担ぐという意味でも人気があったようで当時、多くの武将達の信仰対象になったようです。

謙信公の毘沙門天への信仰心と傾倒ぶりは凄まじく、戦いの前には春日山城内にある毘沙門堂に毘沙門天の仏像を安置し、熱心に祈っており、家臣には「我を毘沙門天と思え」と言ったのは有名な逸話です。

その他にも謙信公の名言禄や上杉家の家訓、有名な「敵に塩を送る」などの逸話を始め、多くのエピソードがあります。

謙信公は「義」のために戦い私利私欲には走らず、権力の拡大よりも侵略してくる武将を返り討ちにし、自国の平和を守る、そういった一面が幼い頃の私の心を揺さぶり、常に心の何処かにあったのでしょう。

謙信公は自身も出家していた事もあり、自身を仏法の神の一人である毘沙門天と重ね合わせ己を律して世の為、人の為という意識が強かったのではないでしょうか?

常に毘沙門天に恥じぬ生き方を追求していたように感じます。謙信公の足元にも及ばぬ事は百も承知ですが、自分自身の心身を鍛え律して、『毘沙門天の名に恥じぬ生き方を追求したい』と思い、稽古会名称に【毘沙門天】と命名した次第です。

          毘沙門天代表師範より。

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4月の日曜稽古開催日


   ・4月25日  

  

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